インドネシアは、とにかく気候や人々の感覚が異国情緒を醸し出していましたが、韓国は、パラレルワールドに来てしまったのではないか、というくらいに近似して感じました。都市やテレビの内容はもとより、韓国の田舎に行ったのですが、その途中の風景も一見するとまるで日本の田舎ですが、よく見ると細部が違うのです。昔の家屋に行っても、非常に懐かしくて胸がキュンとなる感じがあって、よく見ると違うのです。
●韓国の書院文化
田舎に行った時に書院というところに行きました。それは、私学で、中央の政権とは対峙する立場にあるインテリな人たちがたまったり議論したりもするような場で、それが国の各地にあります。近代化したときに機能としてはなくなりました。しかし、韓国は基本的に中央に対する民衆の反骨精神が非常に強く、また意識も高いです。なので、常におかしいと思う事があれば反発します。し、歴史的に力があったようです。
●民衆の芸能
あと、仮面劇を見ました。これは、私が地元でやっているお囃子や花祭りの鬼が出ている場面にとても似ていて、つまり、中央的な芸能ではなく、民衆のために自治的に行われたものです。これが完全に観光化されているにも関わらず、物凄いエネルギーとお客さんに対する働きかけ、またその受け手の関係に、リアリティーがあり、かなり感動しました。音楽は体の底の方から血を沸き立たせるような力があった。まだこの芸能は生きていると思った。
書院、仮面劇共に、私にとって、今テーマとなっている
「中央」VS「ローカリティー」
の理想的な図で、この国のためではなく、自分たちのために学んだり芸能を立ち上げたりしているということです。日本でもじつは中世には本当に盛んだったし、その流れは江戸までは続いていました。
●日本の場合
ローカリティーのエネルギーは、自分の村の神様や、無縁の場にある信仰などがその後ろ盾となって、中央に対峙する自分たちのための芸能ではないだろうかと。日本でそれが完全に瓦解したのが明治の時、「国」の骨格がはっきりと提示されて宗教も「国家神道」に回収させられていった、つまり、全てが中央の下に入った。そうすると後ろ盾となる「おらが村の神様」の力がなくなり、中央に対峙する力もなくなり、芸能自体もリアリティーを失い、力を失うという流れだったのではないか?と思っています。今は国家神道はないけれど、圧倒的な資本のシステムがその代わりに回収しているという感じかもしれません。
●現在のローカリティについて考える
今の時代に、今の日本で、あるいは国という概念の外側で、某かの無縁の場を見出す事が可能か?マジョリティーに吸収されないもう一つのエネルギーを芸術のムーブメントに繋げる事は可能か?(手塚)
アーティストがある作品の手法を見出す時の潜在的な力をリサーチによって高めることができると思った。物事の記号的な認識を解体し、自分のウチにある欲求に方法を掴ませ、可能性の幅を広げることができる。なので「Asia Interactive Research」ということを始動しようと思っている。
2010/10/21
2010/09/28
2010/09/27
シアタークブル
ジェコそしてディンドン
今日は、午後、ジェコ達に、私の手法のひとつ、体の一部分に意識を集中してみたり、その部分を移動させてみたり、別のイメージを同時に持ってみてもらったりした。そのあと、ジェコ達に私の体に対しても同じように命令してもらって私が動いたりした。その動きをジェコ達は物凄く真剣に問いを持って見てくれて、そのことによって、ジェコは、このプログラムの背景にある大きなテーマみたいなものを感じ取ってくれたみたいだった。日本にも、助成金をとって来たいと、そして藤野に滞在してじっくり一緒に作業がしたいと言ってくれた。もしそうなったら本当にインタラクティブなリサーチが始まることになる。凄くどきどきする。
そのあとシアタークブルのディンドンに、公演を見る前にあって話しをした。そしてそのあと芝居を見た。ディンドンはやっぱりすんごい人だった。というか、日本であった時、一昨年ジャカルタで再会した時の印象では、すごく優しい普通のおじちゃんという感じだったのが、もう、すごくエネルギーが縦に充満しているような、神聖な何かに触れているような存在感で、かっこ良かった。ビックリした。彼の地元で、地元の普通の人を集めて芝居をやり始めて、それが今の劇団なのだそうだ。毎日、公演がなくても稽古はやっていて、稽古自体が物凄く好きで、様々な実験的な試みをやっているという。私が昔受けたワークショップでも、無意識の領域を使うと言う方法をやっていた。それが私の凄くあっていた。
意識の領域と無意識の領域を行ったり来たりする、それが今回のテーマだそうで、ただ、芝居を見た時にはそういう要素が身体感覚的というよりは演技として行われていて、少しだけがっかりしたのだが、それでも芝居の普通に見えるような場面でもすごくドキドキしたりゾワゾワしたりした。芝居の作りはテアトルコンプリシテとか野田秀樹とかに近いような展開の仕方で、見ている人の気持ちを興に持って行くのがすごくうまい。うますぎるくらい。うますぎて普通に近くなっているというところが微妙だと感じた。でも、たぶん、その普通をつくっている潜在的な要素、普段の稽古でやっている実験的な試みを体が通過していることによる強さがすごくあって、それが私をドキドキ、ゾワゾワさせていたのではないかと思う。明日話しをじっくり聞いてみる。(手塚)
そのあとシアタークブルのディンドンに、公演を見る前にあって話しをした。そしてそのあと芝居を見た。ディンドンはやっぱりすんごい人だった。というか、日本であった時、一昨年ジャカルタで再会した時の印象では、すごく優しい普通のおじちゃんという感じだったのが、もう、すごくエネルギーが縦に充満しているような、神聖な何かに触れているような存在感で、かっこ良かった。ビックリした。彼の地元で、地元の普通の人を集めて芝居をやり始めて、それが今の劇団なのだそうだ。毎日、公演がなくても稽古はやっていて、稽古自体が物凄く好きで、様々な実験的な試みをやっているという。私が昔受けたワークショップでも、無意識の領域を使うと言う方法をやっていた。それが私の凄くあっていた。
意識の領域と無意識の領域を行ったり来たりする、それが今回のテーマだそうで、ただ、芝居を見た時にはそういう要素が身体感覚的というよりは演技として行われていて、少しだけがっかりしたのだが、それでも芝居の普通に見えるような場面でもすごくドキドキしたりゾワゾワしたりした。芝居の作りはテアトルコンプリシテとか野田秀樹とかに近いような展開の仕方で、見ている人の気持ちを興に持って行くのがすごくうまい。うますぎるくらい。うますぎて普通に近くなっているというところが微妙だと感じた。でも、たぶん、その普通をつくっている潜在的な要素、普段の稽古でやっている実験的な試みを体が通過していることによる強さがすごくあって、それが私をドキドキ、ゾワゾワさせていたのではないかと思う。明日話しをじっくり聞いてみる。(手塚)
2010/09/26
ジェコの「動物ポップ」という手法
今日は、午前中に博物館で様々な伝統的な建築や芸能などの展示を見ました。
午後はジェコの稽古場を見学して、ジェコの動物ポップという手法を体験させてもらいました。
即興で私も試したりして、なかなかコアな時間を過ごせました。
動物のスピリットというのは、普段から自分の中に住んでいて、形をやるときに自然とそのチャンネルになるようです。
ジェコは、カンガルー、鳥、猿、などの動物の形を瞬時に作ってしっかりと止まる。
ヒップホップは動きの途中で止まるとき、何かバウンドのような動きをするが、パプアの動きは、バウンドせずに突然止まる動きで、こちらの方が難しいのだそうだ。
私は、即興でこの「瞬時に動物になって止まる」という動きの連続を試してみたが、なんだか自分でも全く分からなかった。ジェコは私の体を途中で止めて、これはかまきりだ、これは猿だ、などなど読み解いてくれた。
明日は、ジェコに私の手法を少し試してもらう予定です。(手塚)
午後はジェコの稽古場を見学して、ジェコの動物ポップという手法を体験させてもらいました。
即興で私も試したりして、なかなかコアな時間を過ごせました。
動物のスピリットというのは、普段から自分の中に住んでいて、形をやるときに自然とそのチャンネルになるようです。
ジェコは、カンガルー、鳥、猿、などの動物の形を瞬時に作ってしっかりと止まる。
ヒップホップは動きの途中で止まるとき、何かバウンドのような動きをするが、パプアの動きは、バウンドせずに突然止まる動きで、こちらの方が難しいのだそうだ。
私は、即興でこの「瞬時に動物になって止まる」という動きの連続を試してみたが、なんだか自分でも全く分からなかった。ジェコは私の体を途中で止めて、これはかまきりだ、これは猿だ、などなど読み解いてくれた。
明日は、ジェコに私の手法を少し試してもらう予定です。(手塚)
2010/09/24
ジェコと会う
久しぶりにジェコと対面した。
パプアやインドネシアに関する様々な話しをしてくれた。
ノートに、インドネシアの地図をフリーハンドで描いてくれた。その器用さに驚愕してしまった。
「後ろにあるものが前にある」
という謎かけのようなものが、かれの作品づくりのコンセプトだと聞いた。
それはパプアというバックグラウンドと深く関係しているようだ。
ジェコと話しをしたTIMという場所は、ある時期に映画館、稽古場、プラネタリウム、事務所、屋外の食べ物屋さんなどなどたくさんの施設を盛り込んだ公園としてつくられた。誰でもプラッとその中に入ってお茶を飲んだり、古い友人と偶然会って話し込んだりしている。長い時間、話し込んだりぼーっとしたり稽古をしたりする。その施設のある建物の中に階段の吹き抜けスペースを利用して一つの木彫りトーテンポールのようなものが飾ってあって、ジェコにそれを見せてもらった。それはパプアのある民族のものだという。一階から三階までの間に高くそびえるそれは、人の形が縦に連ねて掘られている。けれども、そのトーテンポールの一番上が根っこで一番下が木の頭であるという。それも、ジェコの「後ろにあるものが前にある」ということの一つの例だと言う。
明日、もしチャンスがあったら実際に動きをシェアしながら聞いてみたい。(手塚)
パプアやインドネシアに関する様々な話しをしてくれた。
ノートに、インドネシアの地図をフリーハンドで描いてくれた。その器用さに驚愕してしまった。
という謎かけのようなものが、かれの作品づくりのコンセプトだと聞いた。
それはパプアというバックグラウンドと深く関係しているようだ。
ジェコと話しをしたTIMという場所は、ある時期に映画館、稽古場、プラネタリウム、事務所、屋外の食べ物屋さんなどなどたくさんの施設を盛り込んだ公園としてつくられた。誰でもプラッとその中に入ってお茶を飲んだり、古い友人と偶然会って話し込んだりしている。長い時間、話し込んだりぼーっとしたり稽古をしたりする。その施設のある建物の中に階段の吹き抜けスペースを利用して一つの木彫りトーテンポールのようなものが飾ってあって、ジェコにそれを見せてもらった。それはパプアのある民族のものだという。一階から三階までの間に高くそびえるそれは、人の形が縦に連ねて掘られている。けれども、そのトーテンポールの一番上が根っこで一番下が木の頭であるという。それも、ジェコの「後ろにあるものが前にある」ということの一つの例だと言う。
明日、もしチャンスがあったら実際に動きをシェアしながら聞いてみたい。(手塚)
2010/09/23
インドネシアに到着
ジャカルタに到着しました。
またしても、飛行機で耳にトラブルが。
以前、国内便で左耳の鼓膜が破れるというトラブルがあったのですが、同じ側の耳が、飛行機に乗ってる間ずっと変で、そのあと少しずつ痛みが増え、今、真夜中ですが、左耳がうずうずと動き出したかと思ったら膿みがたらーりたらーり、血に混じって垂れてきました。
やれやれ。どうなることやら。明日からインドネシアのジャカルタで、ディンドン(シアタークプル主催)とジェコシオンポ(ダンサー)に会って話しをしてきます。
このブログで少しずつ公開します。(手塚)
またしても、飛行機で耳にトラブルが。
以前、国内便で左耳の鼓膜が破れるというトラブルがあったのですが、同じ側の耳が、飛行機に乗ってる間ずっと変で、そのあと少しずつ痛みが増え、今、真夜中ですが、左耳がうずうずと動き出したかと思ったら膿みがたらーりたらーり、血に混じって垂れてきました。
やれやれ。どうなることやら。明日からインドネシアのジャカルタで、ディンドン(シアタークプル主催)とジェコシオンポ(ダンサー)に会って話しをしてきます。
このブログで少しずつ公開します。(手塚)
2010/09/16
番楽について
番楽については、神楽と同じようなものみたいですね。
ただ、ネットで調べたら神楽は大方女舞なのに比し、番楽はすべて男舞である。と書いてありました。
エビスさん
番楽の映像に出てきたエビスさんですが、日本では中央から見て辺境の地である関東の住人を「東エビス」などと言ったそうで、中国では異民族を示す「戎」「夷」「胡」という漢字が日本語のエビスに当てはめられたのはエビスにもそのような意味があったからなのかもしれないそうです。一方、古事記に出てくる「蛭子」がエビスと読まれて、(海辺への漂着物全般を蛭子と同一視してありがたがったりして)「蛭子神」すなわちエビスを祀る神社が各地に立ちました。中でも兵庫県の「西宮神宮」が有名で、このすぐ近くに人形を操る「傀儡(くぐつ)」たちが平安時代の頃から住んでいました。「えびすまわし」などと言って人形繰りによって、エビス信仰を全国に広めたそうです。各地の民俗芸能にエビスが登場するのはその影響なのではとのことです。神道では、「事代主神(ことしろぬししん)」をエビスだと言ったりしたそうです。
山伏
番楽の元となったのが山伏の人たちだということですが、山伏を始め、仏教の寺院や僧が、日本の古い芸能の発祥に関わる場合が少なくない気がしています。これらは、中世当時の政治的中心からは「無縁」の、つまり別の哲学や論理によって民衆との関わりを持っている、といった背景があるように感じます。また、田植えにまつわる祭りを始め、下層民の共同体意識によって、ある意味で権力に抗うような力を誇示する側面もあったようです。(地主の田植えによる祭りであっても、決して地主の言いなりにならないというような気概があったようです。)
ある時期までは、芸能自体が反中心主義的な(例えば、当時の原住民や抑圧された賤民や移民たちの存在を抑圧する勢力に媚びない)力強さがあり、それを網野善彦氏は「無縁」の場と呼んでいて、私はいい意味での「自治的」なエネルギーであると感じます。江戸時代にはそういった状況が変化し、様々なものがある程度中心主義的に移行して行ったようです。それが明治の近代化で決定的に「反中心主義的文化」や「自治的なエネルギー」を根絶やしにされた印象があります。(手塚)
ただ、ネットで調べたら神楽は大方女舞なのに比し、番楽はすべて男舞である。と書いてありました。
エビスさん
番楽の映像に出てきたエビスさんですが、日本では中央から見て辺境の地である関東の住人を「東エビス」などと言ったそうで、中国では異民族を示す「戎」「夷」「胡」という漢字が日本語のエビスに当てはめられたのはエビスにもそのような意味があったからなのかもしれないそうです。一方、古事記に出てくる「蛭子」がエビスと読まれて、(海辺への漂着物全般を蛭子と同一視してありがたがったりして)「蛭子神」すなわちエビスを祀る神社が各地に立ちました。中でも兵庫県の「西宮神宮」が有名で、このすぐ近くに人形を操る「傀儡(くぐつ)」たちが平安時代の頃から住んでいました。「えびすまわし」などと言って人形繰りによって、エビス信仰を全国に広めたそうです。各地の民俗芸能にエビスが登場するのはその影響なのではとのことです。神道では、「事代主神(ことしろぬししん)」をエビスだと言ったりしたそうです。
山伏
番楽の元となったのが山伏の人たちだということですが、山伏を始め、仏教の寺院や僧が、日本の古い芸能の発祥に関わる場合が少なくない気がしています。これらは、中世当時の政治的中心からは「無縁」の、つまり別の哲学や論理によって民衆との関わりを持っている、といった背景があるように感じます。また、田植えにまつわる祭りを始め、下層民の共同体意識によって、ある意味で権力に抗うような力を誇示する側面もあったようです。(地主の田植えによる祭りであっても、決して地主の言いなりにならないというような気概があったようです。)
ある時期までは、芸能自体が反中心主義的な(例えば、当時の原住民や抑圧された賤民や移民たちの存在を抑圧する勢力に媚びない)力強さがあり、それを網野善彦氏は「無縁」の場と呼んでいて、私はいい意味での「自治的」なエネルギーであると感じます。江戸時代にはそういった状況が変化し、様々なものがある程度中心主義的に移行して行ったようです。それが明治の近代化で決定的に「反中心主義的文化」や「自治的なエネルギー」を根絶やしにされた印象があります。(手塚)
2010/09/13
奥沢の「大蛇祭り」
昨日、麻里ちゃんが参加した奥沢の「大蛇祭り」で、御神輿を先導する手古舞などを見てきました。
大蛇祭りというくらいなので、「大蛇」をわらで作ったものを持って練り歩くというような行事が前日にあったようですがこれは見れなかったです。残念。
「手古舞」
ウィキペディアで調べたら、「手古舞」は、江戸中期頃、芸者が山車を先導するため、男性風の扮装で登場したのが始まり。だそうです。八王子のお祭りでも壮観な本物の芸者さんが演奏している姿がありました。かなりかっこ良かったです。
「木遣り」
昨日の奥沢では御神輿の前に「木遣り」と言って歌いながら先導する人たちがいてその前で手古舞をしていました。麻里ちゃんもかっこよかったです。最後はたくさんの御神輿が集結して、木遣りの人たちが「スサノオ」に関する歌をひとしきり歌っていました。その姿がなんとも神聖な空気を醸し出して、背筋がゾワーッとしました。
※起源・・・・木遣りは労働歌として、働く者の気を力を一つに合わせ、一同の力を一遍に出させるために歌われ、目的に応じそれぞれの風土と混じり合い、変化しながら、全国各地に広がりその土地に定着していきました。
「里神楽」
そのあと神社でささやかな里神楽をやっていて、少し見ました。
内容は
1)天孫降臨、つまりニニギの命が豊葦原中津国をおさめるために天から降る話。
2)神武東征、神倭いわれびこの命うんぬん
などなどで、私は2)の途中をみました。東にもともといた人たちの姿がかなり滑稽な仮面を付けて描かれていて、なんとなくある時期に国という概念を強調する指針が介入したのかななどと想像したりしました。
「大蛇」
大蛇は、厄除や雨乞いと関係がありそうです。蛇は古代の信仰では水の神様だそうで、そういえば蛇口というのも言い得て妙なネーミングですね。
ただ、水の神様なだけに、雨乞いだけではなく水害を止めるといった効果を期待したものもあるらしく、区立図書館で調べたら結構面白い蛇の祭りがたくさんみれました。あるものは藁でできた蛇の中に人が入って苦しそうにホラ貝を吹いていました。ただ、奥沢も古くは田と畑の土地で、農業に深く関係するお祭りなのでしょうね。以前に、映像で見た大本神楽に出てくる神懸かり(神様が人に取り憑いて降りてくる)儀式では、長い縄を天井に吊るしておき神懸かった瞬間その縄に飛びつくと言うような内容で、人も蛇の動きを模したように、人々が列になり、うねうねと動き回ったすえに神がかるようでした。
大蛇祭りというくらいなので、「大蛇」をわらで作ったものを持って練り歩くというような行事が前日にあったようですがこれは見れなかったです。残念。
「手古舞」
ウィキペディアで調べたら、「手古舞」は、江戸中期頃、芸者が山車を先導するため、男性風の扮装で登場したのが始まり。だそうです。八王子のお祭りでも壮観な本物の芸者さんが演奏している姿がありました。かなりかっこ良かったです。
「木遣り」
昨日の奥沢では御神輿の前に「木遣り」と言って歌いながら先導する人たちがいてその前で手古舞をしていました。麻里ちゃんもかっこよかったです。最後はたくさんの御神輿が集結して、木遣りの人たちが「スサノオ」に関する歌をひとしきり歌っていました。その姿がなんとも神聖な空気を醸し出して、背筋がゾワーッとしました。
※起源・・・・木遣りは労働歌として、働く者の気を力を一つに合わせ、一同の力を一遍に出させるために歌われ、目的に応じそれぞれの風土と混じり合い、変化しながら、全国各地に広がりその土地に定着していきました。
「里神楽」
そのあと神社でささやかな里神楽をやっていて、少し見ました。
内容は
1)天孫降臨、つまりニニギの命が豊葦原中津国をおさめるために天から降る話。
2)神武東征、神倭いわれびこの命うんぬん
などなどで、私は2)の途中をみました。東にもともといた人たちの姿がかなり滑稽な仮面を付けて描かれていて、なんとなくある時期に国という概念を強調する指針が介入したのかななどと想像したりしました。
「大蛇」
大蛇は、厄除や雨乞いと関係がありそうです。蛇は古代の信仰では水の神様だそうで、そういえば蛇口というのも言い得て妙なネーミングですね。
ただ、水の神様なだけに、雨乞いだけではなく水害を止めるといった効果を期待したものもあるらしく、区立図書館で調べたら結構面白い蛇の祭りがたくさんみれました。あるものは藁でできた蛇の中に人が入って苦しそうにホラ貝を吹いていました。ただ、奥沢も古くは田と畑の土地で、農業に深く関係するお祭りなのでしょうね。以前に、映像で見た大本神楽に出てくる神懸かり(神様が人に取り憑いて降りてくる)儀式では、長い縄を天井に吊るしておき神懸かった瞬間その縄に飛びつくと言うような内容で、人も蛇の動きを模したように、人々が列になり、うねうねと動き回ったすえに神がかるようでした。
2010/09/10
芸能や人々の流れと多層性
アーティストがある作品の手法を見出す時の潜在的な力をリサーチによって高めることができると思った。物事の記号的な認識を解体し、自分のウチにある欲求に方法を掴ませ、可能性の幅を広げることができる。なの「Asia Interactive Research」ということを始動しようと思っている。
日本でも呼びかけて少しずつ始めている。手始めに、相模原市の鳥屋の獅子舞を習った。
「日本の伝統芸能や民俗芸能のリサーチをしている。
その延長線上で日本以外の国、主にアジアの様々な地域にリサーチに行く。」
こう表現すると切り口としてはとっても大雑把だ。
例えば「ファンタジーについて」
とか
「無意識の領域について」
とか、そういった切り口で進んだ方がクリアーなことかもしれないとは思いつつ、自分がなぜ興味を持っていて、何を手探りしているのか自問自答する。
「日本」という領域(あるいは国家というの)は、政治的な事情で生じた境界の内側ではあるけれど、実際に認識している像はひとつの幻想だ。集団的に洗脳されている。または、依存している。そして逸脱できない。だけど、様々な言葉、民族、土地に根ざした文化はどれも流動的で多層的だし、それは人工的に引かれた国境の内側にまとめて理解できるような物でもない。だから、記号的な認識を解体し、その「流れ」や「層」を感じたいのかもしれないと思う。たぶん、私自身に繋がる何かとして。
ある芸能が生まれたり展開したりするときに起きている事、それは、その時代に起きている何かに対する身体的な反応だったり抗い(人に好きなように操られないでいたい。何かに従属したくない、という感覚)だったりする。
そして、人々の後ろ盾となるような神聖な何かと接触する。それらは共同体的な自治的領域(反権力的な)で起きる。
その神聖な何かというのが、土地によって多様で、多層的で、異質でもあり共有できる要素もある。(手塚)
日本でも呼びかけて少しずつ始めている。手始めに、相模原市の鳥屋の獅子舞を習った。
「日本の伝統芸能や民俗芸能のリサーチをしている。
その延長線上で日本以外の国、主にアジアの様々な地域にリサーチに行く。」
こう表現すると切り口としてはとっても大雑把だ。
例えば「ファンタジーについて」
とか
「無意識の領域について」
とか、そういった切り口で進んだ方がクリアーなことかもしれないとは思いつつ、自分がなぜ興味を持っていて、何を手探りしているのか自問自答する。
「日本」という領域(あるいは国家というの)は、政治的な事情で生じた境界の内側ではあるけれど、実際に認識している像はひとつの幻想だ。集団的に洗脳されている。または、依存している。そして逸脱できない。だけど、様々な言葉、民族、土地に根ざした文化はどれも流動的で多層的だし、それは人工的に引かれた国境の内側にまとめて理解できるような物でもない。だから、記号的な認識を解体し、その「流れ」や「層」を感じたいのかもしれないと思う。たぶん、私自身に繋がる何かとして。
ある芸能が生まれたり展開したりするときに起きている事、それは、その時代に起きている何かに対する身体的な反応だったり抗い(人に好きなように操られないでいたい。何かに従属したくない、という感覚)だったりする。
そして、人々の後ろ盾となるような神聖な何かと接触する。それらは共同体的な自治的領域(反権力的な)で起きる。
その神聖な何かというのが、土地によって多様で、多層的で、異質でもあり共有できる要素もある。(手塚)
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